ガンダムシリーズにおける福井晴敏のニュー・「ニュータイプ論」

機動戦士ガンダムUC Re:0096 第15話 「宇宙で待つもの」の副音声において、原作者の福井晴敏さんが、興味深い話をしていました。
ゲストの声優さんたちから聞かれた「ニュータイプって何なんですか?」という、ガンダムファンにとっては、非常に気になる質問です。
彼の独自の見解を聞き、非常に腑に落ちたので、ここにまとめてみようと思います。


①ニュータイプとは何か?
②各シリーズでの描写
③まとめ

①ニュータイプとは何か?
僕がこの質問をされたら、たぶん、次のように説明すると思います。
「ニュータイプとは、認識力が拡大された人類。
生物が、海から陸上に上がって適応したように、人が宇宙に出ることで宇宙に適応した。
認識力の増大により、戦闘においては、先読みや予測などエスパーじみた能力を発揮できる」

たぶん、説明はこんな感じになるでしょう。

しかし、TVシリーズ版のUCの副音声で語られた、福井晴敏(ユニコーンの原作者)のニュータイプ論は、全く違うものでした。「ニュータイプとは、イタコのようなもの。
過去から、ずっと先の未来を含めて、あらゆる死んだ人の魂が集まっている『向こう側』とアクセスできる。
つまり、昔の偉人のアリストテレスとかプラトンとか、そういった人の知識・情報とアクセスできる」

と、こういう話でした。
最初聞いたときは、分かったような分からないような、もやもやした感じでした。

しかし、福井さんがそう思うに至った経緯を聞くと、非常に納得してしまったのです。

②各シリーズでの描写
福井晴敏さんが言うには、ガンダムシリーズの主人公は、あるタイミングから全然感情移入が出来なくなってしまうそうです。
それは「向こう側」に触れて、こちら側と距離が出来てしまうからだといいます。


・ファーストガンダムの場合
例えば、ファーストガンダムにおけるアムロの場合です。

彼の場合、ララァが死んだ辺りから、福井さんはまったく感情移入が出来なくなってしまったそうです。

ララァが死んで、凄く落ち込むかなと思ったら、なんだかケロッとしています。
これは、「向こう側」と繋がり、ララァといつでも会うことができるからとも取れます。
そして、ア・バオア・クーでは、知らないはずのソーラ・レイを察知して、ホワイトベースを助けます。
さらに、急に「本当の敵はザビ家なんだ」と言い出します。
この辺りは、まさに「向こう側」に行ってしまったから知りえた、ということです。
そして、役目が終わったあとは、「こちら側」に戻ってきます。

・Zガンダムの場合
Zに場合も同様で、フォウが死んだ辺りから、「向こう側」とつながります。
フォウが死んだ後は、アムロのときと同じように、妙にケロッとしています。
そして、シロッコとの対決時にも、すべての元凶がシロッコだと言わんばかりに、激昂して向かっていきます。
カミーユの場合は、「向こう側」に行ってしまって、そのまま戻ってこられなかった主人公、と評していました。

・ZZガンダムの場合
ZZでは、リィナが死んだ(と思われた)辺りから、ジュドーが向こう側とつながります。
みんながリィナのことを気遣う中、ジュドーは「え?リィナは生きてるよ?」みたいなことを言って、みんなを困惑させます。
ジュドーは、向こう側とつながることで、リィナが生きていることが分かっていたと思われます。

・UCの場合
UCの場合は、マリーダが死んでしまった辺りから、完全に向こう側に行ってしまった感があります。
その後、カミーユのようにあっちに行ってしまったままになるかどうかは、バナージ次第でしょう。
でも、ミネバの存在がある限り、帰ってくると思われます。

③まとめ
福井さんは、以上のように考えればつじつまが合うと気付き、凄いと感じたそうです。
富野監督は、やはり超越した人だと感じます。
以上、福井晴敏さんのニュータイプ論でしたが、僕はとりあえず支持しようと思います。
確かに、シリーズに当てはめたときしっくり来ますし、直感的に正しそうだと感じてしまっています。

福井さんの作品を読んでいると感じますが、彼は、説得力をもたせて説明することが得意だと感じます。
ガンダムUCの原作の小説でも、富野監督が執筆したガンダムの原作より非常に分かりやすいです。
(富野監督も、逆シャアのハイ・ストリーマーなどは、非常に分かりやすいのですが)
分かりやすいということは、逆に言えば、想像の余地を奪っているということでもあります。
しかし、新しい解釈をひねり出せない僕にとっては、楽しめるような解釈を与えてくれるという点でありがたいと感じています。

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