医療機器商社(ディーラー)の仕事 特定保険医療材料の価格交渉

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さて、医療機器商社の仕事の内容についてのお話です。
商社である以上、価格交渉の話というのは切っても切れません。
安く買って高く売るのが商社です。

今回は、この業界独特の「特定保険医療材料」という商品群と、それに関わる価格交渉の実際を書いていこうと思います。

 

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特定保健医療材料とは

そもそも、「特定保険医療材料」(以下、特材)とは何かということを、簡単にお話します。

特材は、医療機器の中でも、特に「保険償還価格」(単に「償還」と呼んだりもします)というものが付加されているものです。
これが付加されている商品を使用した場合、国から償還価格の分だけお金が戻ってきます。
ちょうど、薬で言う「薬価」のようなイメージです。

なぜこのような償還価格が設定されているのでしょうか。
色々理由はあると思いますが、僕が好きな理由は、誰にでも質の高い医療が受けられるようにするためだと考えています。

 

具体例

例えば、婦人科などの手術に使用する、癒着防止シートというものがあります。
手術をした組織に貼ることで、その組織と周りの臓器が癒着するのを防止するものです。
このシートを使わなくても手術は出来ますが、その場合、癒着のリスクが上がり、患者の慢性的腹痛や、不妊の原因にもなります。
つまり、患者にとっては必ず使ったほうが良いものということが言えます。

もしこのシートに償還価格が付いておらず、その高価な材料費を病院が負担するのであれば、病院としては経営のために使わないという選択もあり得ます。
しかし国からすると、このシートを使ってもらったほうが患者のためになりますし、別の病気の予防にもなるわけです。

だからこそ国は、その材料を病院が使っても損をしないように「償還価格」を付加するわけです。
特材とは、いわば国が「躊躇わずに使っていきなさい」とお墨付きを与えている商品と言うことができます。
もちろん、適正な使用範囲内での話ですが。

保険償還価格改定について

さて、この償還価格についてですが、基本的には2年に1度、4月に価格改定があります。
改定されない区分の製品があったり、4月以外に改定されるものもありますが、とにかく変更されます。

しかし改定と言っても、下がるものが大半です。
医療費の増大が問題となっている中、国も償還価格を下げていき、支出を抑えなければいけません。

下がり幅については、複雑な計算式があるのですが、大まかに言うと市場価格がベースとなります。
市場価格は、市場の原理が働くため、必ず価格は下がっていきます。
Aという償還価格¥10,000のものを、病院が¥9,000で購入しているとき、Bという¥8,000の同等品が出たら、そちらを買う病院が増え、この償還区分の市場価格がどんどん下がっていきます。

償還価格は、どんどん下がっていく性質を持つものということが、お分かりいただけたと思います。

病院からの価格交渉と、メーカーからの卸価格

さて、ようやく本題に入ります。
Aという償還価格が¥10,000のものを、病院がディーラーから¥9,000で購入したとき、そのAを使用すると病院は¥1,000の利益が出ます(本当は消費税が掛かるため、病院の利益はもう少し下がります)。
これを償還差益と呼びます。

償還価格の改定により、償還価格が¥10,000から¥9,000に下がってしまうと、病院の償還差益は¥0になってしまいます。
そのため、当然病院はディーラーに価格を下げるように要求してきます。

率スライドという考え方

このときの妥協点として指標となるのが「率スライド」という考え方です。
今まで償還価格の90%の価格で納入していたのだから、改定後も同じ90%を維持するという内容のものです。
先ほどの例で言うのなら、改定前は¥9,000、改定後は¥8,100で納入するということです。

償還と定価の乖離

ディーラーにとっての問題は、病院からは納入価を下げろと言われたのに、メーカーが下げてくれない場合です。
最近増えてきている具体例としては、償還価格とメーカー定価の乖離です。

一昔前では、償還価格=メーカー定価というのがほとんどでした。
そして償還価格が下がれば、メーカーもディーラーへの価格を率スライドしてくれることが多かったように思います。

しかし現在では、定価が旧償還のまま据え置きというメーカーが多くなってきています。

例えば、定価¥10,000の80%で卸してくれるAという商品で考えてみます。
償還価格が¥10,000から¥9,000に改定された場合、ディーラーとしては、80%を維持した¥7,200で卸して欲しいと考えます。
しかし、「償還価格は下がっても、ウチの定価はあくまで¥10,000なので、ディーラーさんへの価格も¥8,000のままです」と言われることが増えてきています。

この状態のまま、病院に対して掛け率をスライドして納入してしまうと、ディーラーの利益が減ってしまいます。
そのため、病院の要求を丸呑みしていては医療機器商社は立ち行かなくなってしまいます。

市場価格が下がれば、償還価格もいずれは下がります。
しかし、製造しているメーカー側からすると、いつまでも値段を下げ続けることはできません。
メーカーの率スライドが止まり始めている今、病院からの価格交渉にどう対応していくか、その対応が注目されていると言えるでしょう。

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今後の見通し

償還価格は引き続き下がり、病院からの交渉も激しくなっています。
特に病院は、価格交渉にコンサルティング会社を使い、他病院の購入価格のデータベースを基に、ディーラーに対して厳しい価格交渉を続けています。
また、同じ系列病院などの共同購入による価格を統一しようとする動きも活発です。

しかし、医薬品・医療材料購入費は、病院支出の20%ほどで、支出の約50%は人件費というデータもあります。
消耗品購入を買い叩くのは限界があるため、今後は人件費の削減に手をつけなければならなくなってくるのではないでしょうか。
特に、専門職しか出来ない仕事は専門職が行い、誰でも出来る雑用はそれ以外の人が行うなどをして、アウトソーシング、ワークシェアリングを一層進めていく必要があると思います。

一方メーカーも増大するコストに伴い、整形外科のインプラント分野などでは、器械のレンタル料の値上げや、特材ではない部分の値上げも増えてきています。
何もしない状態では当然ジリ貧になっていきます。
新しい償還区分が作られるような、画期的な製品による治療法を世に出していかなければ、ますます厳しい状況になるでしょう。

そんな病院とメーカーに挟まれているディーラーも、先行きが不透明な状況です。
ただし、65歳以上の高齢者数がピークになる2040年までは患者数の増加が見込めますが、だからといってあぐらをかいていては取り残されてしまいます。
ディーラーは商品を開発研究しているわけではありませんので、新しい状況に素早く対応していけるような人材を確保していくことが、とりわけ重要でしょう。

業界に興味を持つ方に、この記事が少しでも役に立てばと思います。

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