アヒルと鴨のコインロッカー(小説・伊坂幸太郎)感想

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結論

本作品は、伊坂幸太郎の作品を読んだことのない人に、強くお勧めするものではないと感じました。
ただし、伊坂幸太郎の作品によく登場する、典型的な口の減らないキャラクターは登場するので、雰囲気は掴みやすいと思います。
また、作者のファンであれば無難に楽しめる作品だと思います。
読むか迷っている人は、ファンなら買い、ファンでないならスルー、伊坂幸太郎が初めてならどちらでも、といった感じです。
(あくまで個人の意見です)

前書き

この作品は、いわゆる「推理物」というジャンルではありません。
しかし物語を牽引する「謎」と、それをもたらしている「犯人」が存在するため、広義ではミステリと呼べるのかもしれません。

「犯人」と書きましたが、これはストレートに犯罪を犯している人物ではありません。
物語を牽引する「謎」を作り出している人物という意味です。
物語の後半で謎が明かされるシーンは、さながら推理小説での解明編のようです。

この作品での最初の明確な謎は、「なぜ河崎は広辞苑のためにわざわざ書店を襲うのか」という点です。

河崎の強烈なキャラクターの描かれ方を見ていると、つい「河崎だからしょうがない」と思ってしまうかもしれません。
しかしそう思わせてしまうところが作者の上手いところだと思います。

広辞苑を手に入れるために、強盗をする人は普通いないはずです。
ということは、別の目的があると考えられるわけですが、これを読者が推理で導くのは不可能だと思います。

感想(ネタバレあり)

凄くシンプルに書くなら、仲が良かった女性を死に追いやった人間に復讐するという話です。
主要人物3人のストーリーに、主人公・椎名が巻き込まれたという表現がしっくりきます。

伊坂幸太郎作品の黄金パターンとして、比較的常識がある主人公が、個性的なキャラクター(本作では「河崎」)と知り合い、事件に巻き込まれていくという形があります。
本作はまさにそのパターンを踏襲しており、既視感を覚えつつも、安心できる構成でした。
伊坂作品の面白さは、この個性的なキャラクターとの洒落の効いたやり取りにあると思います。
普段僕らが何気なく使っている単語を題材に、意識しなかった意味を取り上げてくれます。

例えば河崎が、美術系の大学に通っている相手に「美しい術と書いて美術、というのがいい」と言うシーンです。
確かに何気なく使っている熟語ですが、このように分解して考えたことはなかったので、何だか納得してしまいました。
他にもラクロス部に誘われた椎名が「楽なのか苦労するのかわからないのは、ちょっと」とやり過ごした直後に、「君、いいねえ」と落語研究会の勧誘が登場してくるところなど、思わずクスリと笑ってしまいます。
こういう言葉遊びが随所に見られるので、読んでいると、何だか自分もセンスが磨かれていくような錯覚を覚えます。

本作で使われているのは、いわゆる叙述トリックでした。
「現代」で河崎だと思っていた人物は、実は河崎ではなくドルジであるという点です。

確かに判明したときは驚きました。
しかし少し疑問に思うのは、ドルジが河崎に成りすますことの必然性についてです。
ドルジが河崎を騙らないと成り立たないことがあるかというと、何もありません。

強いて言うなら、椎名を襲撃に誘う際、留学生にプレゼントするために広辞苑を奪うのだという理由です。
しかしこんな理由は、狙う本を変えることでいくらでも成り立つので、理由としては弱いです。

本作品は純粋な推理小説ではないので、このように必然性を求めてしまうことは、伊坂ワールドを楽しむうえでは無粋なのかもしれません。
しかし、ドルジが河崎を騙る必然性がないと、どうしても読者へ驚かせるためのトリックのように感じてしまい、現実に引き戻されてしまいます。
それだけドルジが河崎に憧れていたのだということの表現かもしれませんが、少ししっくりこない感じがしました。

タイトルについても、最後の最後に急に登場するため、強引な後付けのように感じてしまいました。

全体としては、琴美・河崎・ドルジは3人ともおそらく死んでしまったと思いますし、あまり明るい物語ではありません。
しかしこのようにしっくりこない部分はあったにせよ、楽しんで読むことが出来たので、それは良かったなと思います。

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