ベオグラードメトロの子供たち(サイキックバトル&サイコサスペンスノベル)紹介・感想・考察

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前書き

「Summertime」(隷蔵庫氏)制作のノベルゲーム「ベオグラードメトロの子供たち」をクリアしました。
以前、このブログでも紹介してきたフリーゲーム「MINDCIRCUS」「真昼の暗黒」「CODA」の製作者である隷蔵庫氏の最新作ということになります。

今回はフリーゲームではなく、有料のインディーゲームです。
その分、グラフィック、演出、音楽など色々な部分に力が入っており、プレイしていて飽きさせない作りだったと思います。

シナリオや文章は今までの作品と同様、文学的な表現と描写によって、陰鬱で背徳的な雰囲気が良く出ていたと感じました。
「Summertime」の作品をプレイするのが初めての人は、以前の作品などを読んで、雰囲気を確認してから購入すると良いかもしれません。

ダウンロード版は980円、パッケージ版は1100円です(2020年10月時点)。
僕はパッケージ版を購入しました。
すべてのエンディングを見終えたクリア時間は7時間ほどでした。

 

感想を交えたゲーム概要(ネタバレ無し)


本作「ベオグラードメトロの子供たち」は、文章を読むことで進んでいくビジュアルノベルゲームです。
時折選択肢が表示されることもありますが、ストーリーは基本的に一本道です。
エンディングは複数ありますが、そのために何周ものプレイが必要となるわけではありません(後述)。

物語の舞台は、ヨーロッパのバルカン半島にあるセルビアの首都・ベオグラードです。
時代設定は、少し未来のようで、少なくとも2020年以降であることは確かです。
作中の日常生活の描写を見る限りでは、ほぼ現代という感覚で捉えれば違和感がないと思います。

僕自身、セルビアという国の知識はほとんどなく、馴染みは薄い国でした。
せいぜい、第一次世界大戦のきっかけがセルビア人の青年だということを、社会科の教科書の知識でうっすらと覚えていることくらいです。
クラシック曲「セビリアの理髪師」のセビリアはスペインなので、これまた混同してしまいそうになりました。

本作をプレイすることによって、セルビアが少し身近に感じられるようになったかもしれません。

本作では、一般的でない語句については、文章中、色付きで表示されます。
その語句をクリックすることにより、TIPSとして詳しい意味を閲覧することができます。
セルビアの地名や郷土料理など、画像と共に詳細を知ることができるので、舞台の存在感が増す効果があったと思います。

本作で描かれるメインの人物はシズキという14歳の少年です。
大企業・ゴールデンドーン社が、「能力者」を確保しようとする争いに関わってしまうことから、物語が動き出していきます。
父親の仇を探す友人のデジャンと共に、能力者たちと戦っていくサイキックバトルは、本作の見所の一つです。
登場人物や詳しいストーリーは公式ホームページに載っています。


しかし、本作で目が離せないのは、シズキをはじめとする思春期の少年少女たちの人間ドラマだと感じます。
それは必ずしも前向きな成長の物語だけではなく、退廃的でネガティブな気持ちになる場面も多々あります。
残酷な描写や流血表現もあるので、全ての人にお勧めできる作品というわけではありません。
ただ、一度ハマってしまうと抜け出せなくなる中毒性がある文章だと感じます。
現に僕は「真昼の暗黒」で魅了され、その後、全作品を追うようになってしまいました。

サウンドについても、かなり力が入っていると思います。
ギターや電子音による、エキゾチックな雰囲気の音楽が多かったように感じます。
普段イヤホンをあまり着けない僕ですが、本作プレイ時に装着し、物語の世界に没頭していました。
サウンドルームが無いのが少し残念でした。

感想・考察等(ネタバレ有り)

エンディングについて

すべてのエンディングを見終えました。
エンディングは、エピソード「TERMINAL」で、最後にどこへ行くかによって変わっていきます。
「Војводина」(ヴォイヴォディナ)を選べばデジャン、「Врање」(ヴラニェ)を選べばネデルカ、「Београд 」(ベオグラード)を選べば、もう少しだけ先のストーリーを見ることができます。

最初は「Врање」しか行けず、ネデルカのエンドしかありませんでした。
しかし次に「Војводина」でデジャンのエンド、最後に「Београд」と、どんどん行ける場所が増えていきます。
エンディングを見たあとに選択画面から、改めて「TERMINAL」を選択して始めることで、新たな行き先が増えるのではないかと思われます。
(つまり「TERMINAL」の途中セーブからロードして始めても選択肢は増えない)

「Београд」を最後まで見たあとは、エピソード選択画面より「LINE4」⇒「1 YEAR LATER」⇒「LINE5 ENDING」を選んでいくことにより、最終エンドまで進めることができます。

ネデルカのエンディングは、彼女の優しさが身に染みますが、結局それに甘えて破滅を迎えてしまいそうな、暗く甘美なものでした。
みんなが女としてのシズキを評価している中、ネデルカはありのままのシズキを受け入れてくれているという意味で、その姿勢は5年前から一貫したものだと感じます。
シズキは、自分の理解者であるマリヤを殺したことを、ネデルカに責めて欲しかったのではないでしょうか。
しかしネデルカは、殺人を犯したシズキを含めて、彼のすべてを受け入れてしまいます。
自分の理解者であるマリヤを殺してしまったシズキは、新たな理解者であるネデルカも、いずれ殺してしまうということを、うっすら理解していたのではないでしょうか。
シズキの「本当にネデルカを殺してしまうよ」という最後のセリフからも、そのような結末がうっすらと見え隠れしているように感じました。

 

デジャンのエンディングは、シズキとの対比が浮き彫りになるようなものでした。
人を殺した罪を受け入れて前を向いて進んでいるデジャンと、逃げるように旧友に会いに来たシズキ。
シズキの行動原理の根本は、すべてデジャンに認められたかったという一点に尽きるのかもしれません。
人を殺したという「正しくない」ことを、最後までデジャンに言えなかったのは、まだシズキがデジャンに認められたいという気持ちを持っているからなのだろうと思います。
最後の「また、近いうちに会いに来る」というメッセージは、自分なりにもう少し頑張ってみるという意思表明であると思いたいです。
そういう意味では、ネデルカのエンディングよりは、やや希望が見えるように感じられました。

 

「LINE4」で登場するジーマは、ジーマ自身が語っているように、シズキの影の能力によるジーマでしょう。
(ベッドに寝転がるジーマのスチルは、「CODA」のコーダ君のようにセクシーでした)
日記からもわかるように、マリヤは、自分から離れていってしまいそうなシズキに、影の能力を与えています。
影の能力を中断するにはマリヤが与える制御剤が必要であるため、マリヤから離れてしまうと、シズキは影と入れ替わってしまいます。
まるでドラえもんの「かげきりばさみ」のようです。
シズキに影の能力の詳細を伝えていなかったことから、マリヤは自分が殺されるとは思ってもいなかったのではないでしょうか。
最終的に、シズキは自ら死ぬことで、ジーマとの入れ替わりを阻止するように行動したのだと思われます。
列車に轢かれたと思われる描写の後に、シズキが起き上がって歩いているため、死んだかどうかがわかりにくくなっています。
もし、このまま生存するのならシズキとジーマは入れ替わってしまい、太陽の下では存在できなくなってしまいます。
シズキがその後も生きているのか死んでいるのかは直接的な描写はありませんが、どちらにせよ明るい未来はなさそうです。

注意したい点は、このあとに原稿をカタリナに送っているという描写です。
つまり、これまでのカタリナと手紙でやり取りしていた描写も脚本の一部であり、フィクションであったという点です。
私たちプレイヤーの世界が「現実」だとすると、その一つ下の第一階層は「●●」(シズキのモデルであると思われる脚本の作者)が住む世界です。
そして「●●」が書く脚本の中に、シズキとカタリナが手紙でやり取りをする、第二階層とでも呼ぶべき世界があります。
本編の大部分は、第二階層のシズキが書いている脚本の中身ということになり、第三階層ということになります。
第二階層や第三階層の内容は、●●がいくらでも嘘を書けるので、事実かどうかはわかりません。

「1 YEAR LATER」の内容は、主観視点の人物が「●●さん」と呼ばれていることから、第一階層の話なのでしょう。
ここでの描写を読む限り、妹が実は生きているようで、最後に電話をかけています。
しかし、DOCUMENTSの「パパからの手紙」を読む限り、第一階層においても脚本中と同様に、妹は昔に死んでいることになっています。
ここの食い違いは、いったい何を意味しているか、はっきりとわかりません。
ロシアの電話番号ということなので、この妹は、影の能力による偽物ではなさそうです。

このように、階層構造が複雑に切り替わることにより、何が本当で何が虚構なのか、すべてが陽炎のように曖昧に感じられていきます。
このような構造の演出は「真昼の暗黒」「CODA」でも見られた手法で、作品世界のノンフィクション感を増大させるのに一役買っていると感じられます。

最後に出現する「LINE5 ENDING」は、ハッピーエンドではありますが、フィクションと明記されているため、どこか空虚なものに感じてしまいます。
「MINDCIRCUS」のエンディングのひとつを思わせる、暑い海辺での旧友たちとの再会は、実体がない蜃気楼のようなハッピーエンドだと感じられました。
そのハッピーエンドの最後を締める友人がデジャンなのは、シズキが最も大事だと思っている人物がデジャンだということだと思います。
マリヤが生きているので、このエンディングが描かれた順番は、EP9より前ということになるのかなと思います。

能力について

本作では、大勢の能力者が登場します。
デジャンの両親のエピソードを読む限りでは、能力者として目覚めた理由は、ゴールデンドーンの薬による実験ということでした。
ネデルカ、ミロ、ニコレッタらも、どこかでそういった実験に巻き込まれ、薬などを投与されていたのかもしれません。
ニコレッタの両親が不仲の理由も、ひょっとするとデジャンと同じような理由かもしれませんし、ネデルカも似たような状況だったのかもしれません。

本作でのバトルは、無能力者のシズキがブレーンとなって、能力者と戦っていくのが面白い点でした。
デジャンは使い勝手の良いサイコキネシスの能力者ですが、頭に血が上りやすく、強敵相手では後手に回ってしまいます。
そこをシズキが上手くサポートして、相手の能力や弱点を見破るところに、本作のサイキックバトルの楽しさがあります。

僕のお気に入りのバトルは、ミロと組んでミシェルと対峙するバトルです。
ミロの時間巻き戻し能力と、ミシェルの光の能力の特性を上手く利用してダメージを与えるのは、なかなか興味深かったです。
光といういつでも一定速度の能力は、時間干渉系に対抗し得る能力で面白そうだなと感じます(ミシェルは理解していませんでしたが)。
ジョジョの第3部でも、もしDIOに対抗し得る能力があるとすれば、同じ時間操作系か、光に関わる能力なのかもしれません。
(つまり、高速で移動するハングドマンなら勝てる可能性があったのかも)
ただし、シズキが当たり前のようにスマホで過去の自分にメッセージを送っていたのは、仕組みが少し気になるところではあります。


イェリナの人を食ったような態度と、コントロールされたパイロキネシスは、なかなかの強敵感が出ていて好きでした。
見た目が若く感じられたので、まさかデジャンの母とは思いませんでした。
父親の粛清時もそうですが、力づくで物事を進めようとしなければ、このような悲劇的な結末にならなかっただろうに、と残念な思いです。
対話することを最初から諦めているという意味では、リアルなのかもしれません。

色々な能力が登場しましたが、一番魅力的な能力は、やはりミロの能力だなと思いました。
しかしミロが語る通り、いつでもやり直しができることで、逆に苦しむということもあるようです。
能力を持っていても、決してバラ色の人生になるわけでなく、結局はみんな悩みや問題を抱えています。
いくらパイロキネシスが使えても、幸せな家庭を築くことができるとは限りませんし、能力は万能ではありません。
本作を読むと、能力者を羨ましいなと思うよりは、無能力者は無能力者なりに頑張っていこう、という気持ちにさせられました。

あとがき

とりとめのない内容を長々と書きました。
本作「ベオグラードメトロの子供たち」は今までの「Summertime」作品と比べると、ややメジャー向けで、楽しめる人の範囲は広がっているように感じました。
とはいえ「Summertime」作品らしさは十分出ているので、多少は人を選ぶ場面もあるでしょう。
僕個人としては、プレイしてとても満足でした。

ただ、作中作であること自体が重要な意味を持つ「真昼の暗黒」や「MINDCIRCUS」に比べて、本作ではその意義が少し弱く感じられました。
自分の読み込み不足で見落としをしているのかもしれませんが、この構造により、少し時系列などが分からなくなってしまうこともありました。

しかしそれでも、異国を舞台に、能力者の少年少女たちが戦ったり悩んだりするノベルゲームとして捉えるだけで、お釣りがくるくらいの楽しさが味わえると思います。
絶対的なヒーローがいるわけではなく、等身大のキャラクターたちが悩みながらも生きていく姿には、何度も心を揺さぶられました。
迷っている人は、ぜひとも購入してプレイしてもらいたいと感じます。

そのほか、本ブログで紹介しているゲームをまとめた記事はこちらです。
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